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   <title>世界遺産Ⅱの基礎知識</title>
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   <subtitle>アジアのなかでもずば抜けて多くの世界遺産をもつのが、中国ですね。2番目のインドが文化遺産、自然遺産、複合遺産をあわせて26件(2006年)であるのに対して、中国は33件ですね。大韓民国は7件、朝鮮民主主義共和国は1件、タイは5件・・・そして日本は自然遺産が3件、文化遺産が11件で計14件ですから、やはり群を抜いているといえるでしょう</subtitle>
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   <title>世界遺産候補　富士山</title>
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   <published>2007-11-30T06:45:23Z</published>
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      静岡県と山梨県にまたがる富士山は、日本最高峰の山ですね。立山、白山と並び、日本三霊山(日本三名山)のひとつに数えられ、日本百名山のひとつでもあります。標高3,776ｍの活火山である、富士山は、1990年代初めから、ユネスコの世界遺産への登録を目指し、運動が展開されてきました。当初は自然遺産への登録が検討されていましたが、環境の管理が困難であることから国の推薦は見送られることになりました。しかし、現在では文化遺産への登録を目指し、2007年に暫定リストに登録されました。今後、ユネスコの世界文化遺産の調査を行う、記念物遺跡会議による審査を受ける予定ですね。

世界遺産については登録待ち状態ですが、すでに「富士山」は1952年には文化財保護法により、「特別名勝」に指定されています。名勝とは景色の良い土地ということですね。また、「富士山原始林」は、1929年に天然記念物に指定されています。さらに「富士風穴」も1929年に天然記念物に指定されました。

何より、富士山はその伏流水を利用した周辺地域の経済にはなくてはならない存在ですね。周辺地域では、製紙業や医療関連の製造業が活発に行われているのですね。富士山の伏流水は、バナジウムを豊富に含んでいることから、ミネラルウォーターとして販売されています。また、富士山一帯には宗教施設も多く、その参拝や避暑、登山などに訪れる人たちを相手にした観光業も地域の経済を支える重要な柱なのですね。

富士山の自然遺産登録をめぐっても、自然・文化保護を重視する静岡県側と、観光開発を重視する山梨県側で意見の食い違いが起こりました。富士山有料道路のマイカー規制や、富士登山客のごみ問題、などの問題が続いています。

万葉の時代から歌にも詠まれてきた富士山ですね。是非とも、世界遺産として認められてほしい、と願います。
      
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   <title>世界遺産候補　小笠原諸島</title>
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   <published>2007-11-29T06:45:21Z</published>
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      小笠原諸島は、太平洋上にある総面積104㎞２の島々ですね。東京から約1000㎞ですね。小笠原諸島は、聟島列島、父島列島、母島列島を含む小笠原群島と、西ノ島、火山列島を指す、南方諸島のほか、南鳥島、沖ノ鳥島といった孤立した島々からなります。父島、母島、硫黄島、南鳥島以外は、無人島ですね。もっとも、硫黄島、南鳥島に常駐しているのは、自衛隊、気象庁、海上保安庁の関係者のみで一般の住民は父島と母島に居住しています。

小笠原諸島は、生命誕生以来ずっと大陸から隔絶してきたという歴史を持ちます。そのため「東洋のガラパゴス」と呼ばれているほど、島の生物は独自の進化を遂げています。たとえば、オガサワラオオコウモリやオガサワラノスリなどの動物、ムニンツツジ、ムニンボタンといった植物など、固有種が見られます。しかし、人間が持ち込んだ生物や島の開発で、これらの動植物は絶滅の危機に瀕しているのですね。

気候は亜熱帯と熱帯に属します。聟島列島、父島列島、母島列島、西ノ島は亜熱帯、火山列島、南鳥島、沖ノ鳥島は熱帯ですね。夏と冬の気温差は少なく、年間を通じて温暖な気候ですね。梅雨はありませんが、台風は年中来ます。

文化的にも非常に興味深く、欧米系住民が話していた英語のフレーズと日本語の八丈方言、さらに日本語の標準語が混じりあい、独自の方言を生み出しています。「小笠原方言」と呼ばれます。また、民俗的にも日本的なものと、ミクロネシア系のものが共存します。2000年に東京都指定の民俗文化財となった「南洋踊り」はミクロネシアの影響を受けた民謡ですね。

小笠原諸島は、ユネスコの世界遺産のなかの自然遺産登録を目指し、暫定リストに登録されています。知床、白神山地、屋久島に続く4番目の自然遺産として登録される日が待たれます。
      
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   <title>世界遺産候補　彦根城</title>
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   <published>2007-11-28T06:45:21Z</published>
   <updated>2007-12-12T11:25:36Z</updated>
   
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      「彦根城」は、滋賀県彦根市にある国宝の城ですね。現在、ユネスコの文化遺産に登録されている「姫路城」と並び、国宝に指定されています。また、国の特別史跡でもあります。1992年に日本の世界遺産暫定リストに登録されました。

彦根城は、地理的には湖と山の間の狭い平地に立地し、東国と西国の結節点に位置します。そのため、壬申の乱、姉川の戦い、賤が岳の戦い、関が原の戦いといった、日本史上重要な合戦が古来からこの地域で勃発しており、城郭は戦略の重要な拠点となってきました。豊臣秀吉が石田光成を、徳川家康が井伊直正をそれぞれこの地に配したのも、その地理的な重要性からですね。また、幕末の大老、井伊直弼は藩主となるまでの青春時代をこの城下町で過ごしています。直助がその不遇の時代をすごした屋敷は、「埋木舎(うもれぎのや)」として現存しています。

彦根城は、江戸時代以前に建造された天守をもつ、城郭の1つですね。そのような天守は、日本全国に12箇所しか現存していません。城は、連郭式平山城という形式をとります。城の北側には、国の名勝として指定された、玄宮園・楽々園という大名庭園が配されています。

国宝に指定されている天守をはじめとして、国の重要文化財に指定されているものが多く、重要文化財としては珍しい馬屋もあります。

数多くの映画やドラマのロケ地として利用されたことで、知っている方も多いのではないでしょうか。たとえば、『武士の一分』や『大奥』にも登場しています。2006年には、日本の100名城の50番目にも選定されました。
      
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   <title>世界遺産の発端　アスワンハイダム</title>
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   <published>2007-11-27T06:45:20Z</published>
   <updated>2007-12-12T11:25:36Z</updated>
   
   <summary>海外旅行を楽しむ人が急増するなか、最近では何か目的をもって旅に出かける人が増えて...</summary>
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      海外旅行を楽しむ人が急増するなか、最近では何か目的をもって旅に出かける人が増えています。現地ならではの美味しい食べ物、ショッピング、観光・・・なかでもここ数年、最も注目を浴びているのは、「世界遺産めぐり」ですね。

ユネスコの世界遺産活動は、1960年代に始まったエジプトのアスワンハイダム建設に伴う水没の危機からヌビア遺跡群を救おう、とした、ヌビア水没遺跡救済キャンペーンから始まりました。世界60カ国の援助、技術支援で、ヌビア遺跡内のアブ・シンベル神殿が移築されたのですね。大・小2つのアブ・シンベル神殿は、この移築により、もとの位置からそっくり６０m上に移動しました。これをきっかけに、開発から歴史的価値のある遺跡、建築物、自然などを国際的に守ろう、という機運が生まれたのですね。

アスワンハイダムは、アスワンの町から南方12kｍの地点にある幅3600m、高さ１1１mの巨大なダムですね。体積は2億379万ｍ２、東京ドームの約164個分ですね。エジプトが誇る巨大な建築ですね。ここから上流にかけて全長500kmにおよぶ人造湖、ナセル湖が続いています。琵琶湖の7.5倍といわれます。

スーダンとの国境に近いことから、このあたりは長い間、外国人の旅行は制限されてきました。しかし、今、ピラミッドやスフィンクスと並び、このアブ・シンベル神殿はエジプト観光の目玉になりつつあります。ナセル湖では、アスワンハイダムとアブ・シンベル宮殿を結ぶクルーズ船が運航中ですね。ナセル湖に沈む、真っ赤な夕日を眺めながら、水没をかろうじて免れた神殿を臨むとき、そのあまりの大きさ、雄大さに息を呑みます。

ちなみに・・・ナセル湖には、かつて神と祀られたこともあったという、ワニがたびたび出現するとのこと!　くれぐれも一人で泳ぐのはやめてくださいね。
      
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   <title>世界遺産と共に暮らす人びと　エジプトヌビア人</title>
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   <published>2007-11-26T06:45:20Z</published>
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   <summary>ユネスコの世界遺産活動のきっかけとなったのは、アスワンハイダムの建設による水没か...</summary>
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      ユネスコの世界遺産活動のきっかけとなったのは、アスワンハイダムの建設による水没からアブ・シンベル遺跡をはじめとするヌビア遺跡群を救おうとするキャンペーンでした。

このヌビア地方には、ヌビア人といって、エジプト人とは異なる風貌の人たちが昔から住んでいました。色黒で、ちぢれた髪をもつ人びとですね。自分たちはエジプシャンでもアフリカンでもなく、ヌビア人である、という誇りと、持ち前の人懐っこさで訪れる人を温かく迎えてくれます。アスワンの岩窟墳墓のある丘から北を見ると、集落が広がっています。ヌビア村ですね。岩窟墳墓下の船着場かの近くからは小型の乗合トラックが出ており、チャーターして周ることもできます。ヌビア人は、エジプトの属国として支配されてきた歴史を持ちます。しかしその独特の言語、文化を維持し、現在でもその面影を垣間見ることができます。

エジプトにはハッジといって巡礼に行った人たちが家の壁に絵を描く習慣があります。通常は、サウジアラビアのメッカに至る交通や神殿の絵が描かれますが、ヌビア人の家々の白い壁には、その他にヌビア特有の絵(羽の生えた動物)が描かれています。ヌビア村の家々の玄関先には、魔よけのワニの剥製が飾られていたりします。また、「ヘンナ」と呼ばれる天然の染料でタトゥーを施す習慣があります。ヌビア風のきれいな幾何学紋様のデザインで、３週間ほど持続します。

ユネスコは、1979年にアブ・シンベルからフェラエまでのヌビア人の建造物群を世界遺産(文化遺産)に登録しました。同じ1997年、ユネスコの円状によって、ヌビア博物館がオープンしました。先史時代からイスラーム時代かけてのヌビア地方の歴史、風俗が美しい照明のなかで展示されています。アブ・シンベル神殿の移築の模様も実にリアルに紹介されています。

確かに、アスワンハイダムの建設により、歴史ある遺跡がその存続を危ぶまれる危機に晒されました。しかしそのダム建設により砂漠に緑が戻りつつあるもの事実ですね。アブ・シンベル神殿には移築の跡が残っています。

美しく整備された中庭を、夕涼みも兼ねてお散歩しながら、歴史遺産の保全と人びとの生活、環境開発の間の問題を考えてみるのもいいかもしれません。
      
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   <title>世界遺産候補　平泉の文化遺産</title>
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   <published>2007-11-25T06:45:20Z</published>
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   <summary>岩手県平泉は、平安時代末期、奥州藤原氏四代が約100年にわたって文化を築いてきた...</summary>
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      岩手県平泉は、平安時代末期、奥州藤原氏四代が約100年にわたって文化を築いてきた地ですね。都の文化を受容しながら、仏教寺院・浄土庭園など、独自の文化を発達させました。平泉の文化遺産は、平成13年に「暫定リスト」に登録されました。岩手県では、平成20年の世界遺産登録を目指してさまざまな運動に取り組んでいます。

藤原氏の文化としてまず思い浮かべるのは、中尊寺でしょう。天台宗特有の一山寺院ですね。850年に慈覚大師円仁によって開山されたと伝えられます。その後、奥州藤原氏の初代清衡が本拠地を平泉に移し、造営したのですね。大長寿院は、高さ15メートルという大きな建物で、中には、高さ9メートルの阿弥陀如像が
本尊として祀られています。平泉を侵攻した源頼朝が、大長寿院をみて驚き、鎌倉に永福寺を建てたといわれています。清衡は数々の大伽藍を建立し、1124年に金色堂を完成させました。金色堂は国宝となっています。他に類を見ない、平泉文化独自のものですね。

中尊寺と同様、平泉文化を代表するのが、毛越寺ですね。中尊寺と同じ、慈覚大師円仁に開山されたと伝えられています。当時は、お堂や塔が40以上、僧侶の生活する建物が500以上、という大きなものでしたが、火災により当時の建物は残っていません。大泉が池は、海岸の美しさを表したもので、現在のものは発掘調査によって復元整備されました。平安時代の庭園造りの秘伝書『作庭記』に忠実に作られたものですね。遣水が緩やかに蛇行し、この世の極楽浄土のようですね。特別名勝の指定を受けています。

その他、倉町遺跡、金鶏山、柳之御所遺跡など、平泉の文化遺産は奥深い魅力を誇っています。すでに世界遺産に登録された京都や奈良に続き、奥州の独自の文化として是非、世界遺産への登録が実現することを願います。
      
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   <title>世界遺産候補　長崎の教会群とキリスト教関連遺跡</title>
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   <published>2007-11-24T06:45:19Z</published>
   <updated>2007-12-12T11:25:36Z</updated>
   
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      長崎県には、現在、全国の約15パーセントものキリスト教信徒が在住し、キリスト教文化の色濃い地域ですね。2007年にユネスコの世界遺産暫定リスト(文化遺産)に登録された「長崎の教会群とキリスト教関連遺跡」は、長崎県の西部海岸沿いと五島列島の島々に点在する教会群とその関連遺跡を指します。登録を目指しているのは、原爆被爆後に再建された大浦天主堂をはじめとする以下の資産です：旧羅典神学校、黒島天主堂、旧五輪教会堂、青砂ヶ浦天主堂、頭ヶ島天主堂、田平天主堂、旧出津救助院、出津教会、大野教会、堂崎教会、旧野首教会、江上教会、宝亀教会、原城跡、吉利支丹墓碑、日野江城跡、日本二十六聖人殉教地、ド・ロ神父遺跡、サント・ドミンゴ教会跡など。

長崎の教会群とキリスト関連遺跡は、ユネスコの文化遺産登録基準の２，３，４，５を満たすとしてその認定が待たれています。具体的には次の点があげられています。なかでも基準６は、その迫害と殉教の歴史を前面に押し出し、この遺跡の独自の特徴を示しています：

基準６　「長崎の教会群とキリスト教関連遺産は、迫害と殉教、また世界史に類を見ない２５０年の潜伏からの劇的な復活という世界に大きな衝撃と感動を与えた出来事の直接的な舞台である。さらに、本資産は日本の著名な文学作品の主題及び舞台になっており文学史のなかでも重要な位置を占めている。また、４００年を経て今なおカクレキリシタンに歌い継がれている「オラショ」は、宣教師によりもたらされた典礼音楽のグレゴリオ聖歌や１６世紀のスペインの一地方の聖歌を原形とし、当時の形態を伝承するものである。」

基準６にみるように、長崎の教会群は、為政者によって弾圧されてきた歴史を伝える負の遺産ですね。長崎に投下された原爆の傷跡同様、こうした負の遺産も二度とその過ちを犯さないよう警鐘を鳴らす存在として受け継いでいくべきものだと痛感します。
      
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   <title>世界遺産候補　飛鳥・藤原の宮都とその関連遺跡群</title>
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   <published>2007-11-23T06:45:19Z</published>
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      ＪＲ京都駅から近鉄線に乗り、飛鳥駅で下車、そこからバスまたは徒歩で少し行った、奈良県の東部には飛鳥・藤原の宮都とその関連遺跡群が広がっています。飛鳥・藤原は、592年に推古天皇が飛鳥に豊浦宮を開いて以来、794年に平城京へ遷都されるまで、飛鳥時代の歴代の天皇が宮をおいた地域ですね。

実際、遺跡の大半は地下に遺存するため歴史的建造物はありませんが、ここは、天皇が政治を行った古代都市の歴史を偲ばせる、貴重な空間なのですね。

石舞台古墳、高松塚古墳、キトラ古墳などの他、大和三山(耳成山、畝傍山、天香具山)など多数の遺跡が残っています。

これらの遺跡群は、2007年　ユネスコの世界遺産登録を目指し、「富岡製糸場と絹産業遺跡群」(群馬県)、「富士山」(静岡県・山梨県)、「長崎の教会群とキリスト教関連遺跡」(長崎県)と共に、世界遺産暫定リストに登録されました。奈良県では、すでに、唐招堤寺や東大寺と春日山原始林周辺の「古都奈良の文化財」、法隆寺や法起寺三重塔などの「法隆寺地域の仏教建造物」さらに三重県、和歌山県、奈良県の3県にまたがる吉野山などの「紀伊山地の霊場と参詣道」がユネスコの世界遺産「文化遺産」に登録されています。さらにこの「飛鳥・藤原宮都とその関連資産群」が登録されれば、奈良県にとって第4番目の世界遺産となります。

大きな岩がそびえる「石舞台古墳」など、古代の香り高いこの飛鳥・藤原の宮都とその関連の遺跡群は世界遺産に登録され、その普遍的な価値を再認識される日が早く来るといい、と日本人として切に思います。
      
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   <title>世界遺産候補　富岡製糸場と絹産業遺跡群</title>
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   <published>2007-11-22T06:45:19Z</published>
   <updated>2007-12-12T11:25:36Z</updated>
   
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      絹(生糸)は、開国直後の日本においてお茶と並び、利益が期待された輸出品でした。群馬県富岡市にある「富岡製糸場」は、日本初の器械製糸工場ですね。明治5年(1872年)に操業を開始し、現在は、約1万5千坪の敷地内に開設当時の繭倉庫、繰糸場など、煉瓦建造物が当時のままの姿で残っています。

平成17年(2005年)に、「旧富岡製糸場」として国の史跡に指定され、翌年の平成18年(2006年)には、明治8年(1875年)以前の建造物が国の重要文化財として指定されました。

現在、この富岡製糸場およびそれに関連する絹産業遺跡群は世界遺産の暫定リストに登録(文化遺産)されています(２００７年)。群馬県は富岡製糸場を中心とするこれらの遺跡群の世界遺産登録に向けて、「富岡製糸場　世界遺産登録推進委員会」を設置し、遺跡の各種調査、研究、およびPR活動を行っています。

たとえば、「富岡製糸場と絹産業遺跡群」を構成する数々の資産をバスで回るツアーの実施ですね。車内でビデオを上映し、普段は解説が行われないような試算についても現地で解説をするなど、一般に広くその資産の価値を伝え、理解を深めてもらおうという取り組みですね。

また県政特別番組として、「富岡製糸場と絹産業遺跡群」を構成する10の資産を5回シリーズの番組で紹介する活動も行っています。

さらに富岡製糸場世界遺産伝道師協会と連係して講座を開催するなど、広報活動も展開しています。

まさに地域あげての活動は、世界遺産およびその候補の物件を有する地域が、自らの資産の価値を再確認し、誇りをもって維持していくきっかけとなっていると思います。
      
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   <title>アブ・シンベル神殿</title>
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      1960年代のアスワンハイダム建設で水没を危惧された、アブ・シンベル神殿。アスワンの南280km、アスワンハイダム建設によってできた、人造湖であるナセル湖のほとりにあります。

アブ・シンベル神殿は、古代エジプト新王国時代第19王朝のラメセス２世によって建設されました。今から約３３００年前のことですね。ラメセス2世は、カルナック神殿やルクソール神殿にも自分の巨像を残しています。よほど自己顕示欲が強かったのでしょう。大神殿正面には4体のラメセス2世像がまさにそびえたっています。その高さは20ｍ。あまりの大きさに圧倒されてしまうばかりですね。その巨像の上にずらりと並んでいるのが、日の出を喜ぶ22体のヒヒ。ユニークなその姿には、思わず笑みがこぼれます。

入り口手前には、戦争捕虜のレリーフが残ります。アフリカ系の捕虜など、その顔つきは明らかにアラブ系とは異なります。

アブ・シンベル神殿、正確にはアブ・シンベル大神殿の横には、大神殿にそっと寄り添うように、アブ・シンベル小神殿があります。ラメセス2世が王妃フェルトアリのために建造した岩窟神殿ですね。４体のラメセス２世と、2体のネフェルトアリ像、さらに足元には彼らの子どもたちの像が刻まれています。

アブ・シンベル神殿では、夜、音と光のショーが催されます。ユネスコによる神殿の救済から始まり、ラメセス２世とその妃ネフェルトアリの夫婦愛、戦いの歴史が星空のもとで繰り広げられます。昼間のあの暑さがうそのように、ナセル湖から涼しい夜風がそよいできます。

ライトアップされた大・小のアブ・シンベル神殿を見ていると、悠久の時間の思いを馳せると共に、このすばらしい遺跡がダムの水の底に沈まなくて本当に良かった、とつくづく思います。
      
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   <title>世界遺産劇場</title>
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   <published>2007-11-20T06:45:19Z</published>
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      現在日本でユネスコの世界遺産に登録されているのは、14箇所ですね。文化遺産が11箇所、自然遺産が3箇所ですね。その日本全国の世界遺産を舞台に、劇場空間を設定し、わが国を代表するアーティストらがパフォーミングを繰り広げるのが、「世界遺産劇場」ですね。世界遺産をより多くの人びとに理解していただき、ユネスコの運動の普及と啓発を目指す活動のひとつですね。

1972年、ユネスコは「世界遺産条約」を採択しました。貴重な文化遺産を次の世代へ世界的な協力によって受け継いでいくためですね。その後、2003年には「無形文化遺産の保護に関する条約」を採択しました。有形の遺産に限らず、広く無形の文化遺産も後世に伝えていくためですね。

ユネスコ創立60周年を記念し、日本では、今年誕生60年を迎える、「民間ユネスコ協会」が中心となり、2006年5月、奈良・東大寺大仏殿から始まり、2008年までの3年間、「世界遺産劇場」のアートプロジェクトを実施しています。

有形・無形の文化遺産に広く焦点をあて、世界遺産のある地域の人びとがその文化遺産を資源に、地域の風土にちなんだ個性と誇りを創造していこうという企画ですね。

2006年は、狂言の野村万作らの出演で、奈良・東大寺で世界遺産劇場が会されました。その後、それを皮切りに、厳島神社、下賀神社で「世界遺産劇場」と題した、伝統芸能、舞台芸術、コンサートが実施されました。2007年度は、日光の社寺、熊野古道(紀伊山地の霊場と参詣道)、姫路城での公演が予定されています。第6回目にあたる姫路城での公演は、2007年11月2日に予定されています。森山直太朗と今井美樹を迎えてのコンサートですね。日本を代表するトップアーティストが世界遺産の姫路城でどのようなアートを繰り広げるのでしょうか。歴史と現在が溶け合う空間、時間を是非、覗いてみたくなりますね。
      
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   <title>アフリカ　チュニジアの世界遺産</title>
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   <published>2007-11-19T06:45:19Z</published>
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      チュニジアンブルーといわれる、青と白のアーチで知られるアフリカ大陸の最北端の国、チュニジア。日本の面積の3分の２ほどのとても歴史の古い国ですね。シシリー島のちょうど真向かい、まるでイタリアの靴の先でちょんっとつつかれてしまいそうな所に位置する、地中海に面した国ですね。

建物の多くは壁が白、窓とドアは青色ですね。いたるところに組み込まれたアーチがリゾート気分を誘います。ここは地中海屈指のバカンスの地。青い地中海を臨む一方で、南部はサハラ砂漠の出発地となります。

北アフリカの先住民族、ベルベル人が紀元前に王朝を打ちたて、その後、フェニキア人がカルタゴを建国しました。ローマ帝国との戦いのあと、ローマの属領となったかと思うと、7世紀にはイスラム帝国のアラブ人、更にはオスマントルコも入りました。さらにはレコンキスタによってスペインから逃れた難民までも入って、フランスの植民地となり、1956年に独立し共和国となったのですね。

長い歴史のなかで、アラブ系、ラテン系、白人、黒人・・・
さまざまな人種が混在し、溶け合い、チュニジア独自のモザイク文化を生み出しています。

チュニジアには、その歴史を物語る遺産が数多く存在し、ユネスコの世界遺産には8件(文化遺産7件、自然遺産1件)が登録されています：

自然遺産
●イシュケル国立公園

文化遺産
●チュニスのメディナ
●カルタゴ遺跡
●エル・ジェムの円形闘技場
●ケルクアンの古代カルタゴ遺跡とその墓地遺跡
●スースのメディナ
●カイルアン
●ドゥッガ

かつてローマ帝国の穀倉地といわれたほどの豊かな農産物と地中海の新鮮な海の幸が人びとの舌を魅了します。トマトとオリーブオイルたっぷりの料理は、とってもヘルシー。どこか懐かしい、と日本でも人気急上昇ですね。

まだまだ遠い国という印象が強いチュニジア。日本からは残念ながら直行便は出ていませんが、世界遺産ブームのなか日本からの観光客も急増している国のひとつですね。ユネスコの世界遺産活動は、これまであまり縁がなかったアフリカの小国と日本を着実に近づけたといえるのではないでしょうか。これもまた、世界遺産効果、かもしれません。
      
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   <title>チュニジア　イシュケル国立公園</title>
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   <published>2007-11-18T06:45:19Z</published>
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      「日が昇る国」と呼ばれる日本に対し、アフリカの北端、地中海に面する小国、チュニジアはアラビア語でマグレブ(日の沈む場所)と呼ばれます。青い海と白い家のコントラストが美しい地中海沿岸の都市チュニス、その郊外の丘、シディ・ブ・サイドは、チュニジアで最も美しい街といわれます。南部には、サハラ砂漠の荒涼とした、でもどこか哀愁をおびた風景が広がります。

日本からはるかかなたのアフリカのこの地は、実は、映画「スターウォーズ」や「イングリッシュペイジェント」など、数々の映画のロケ地となり、映画ファンには懐かしさを感じさせます。また、チュニジア北部の地中海沿岸近くの湖、イシュケル湖を含む「イシュケル国立公園」は、毎年何十万もの渡り鳥が訪れる手つかずの湿原地帯ですね。イシュケル国立公園は、渡り鳥の重要な中継地として、1980年以来、ユネスコの世界自然遺産に登録されています。ところが湖の水源である川のダムの構築が、湖と湿地の生態系に大きな変化をもたらしました。

ダムのせいで湖に流入する真水の量が激減してしまったのですね。そのためヨシやスゲなど、真水植物が好塩性の植物に置き換わりました。これが渡り鳥の個体数を急激に減少させたのですね。

1996年以来、イシュケル国立公園は、ユネスコの危機遺産にも登録されました。チュニジア政府は、真水の保持、塩分の減少のために幾つかのステップを試みました。しかし塩分濃度の極度の上昇により、回復の可能性が急速に失われていることが、国際自然保護連合(IUCN)により報告されています。
      
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   <title>エジプトの世界遺産</title>
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   <published>2007-11-17T06:45:18Z</published>
   <updated>2007-12-12T11:25:36Z</updated>
   
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      コラム30　世界遺産その２　エジプトの世界遺産

ユネスコの世界遺産活動の発端となった、アブ・シンベル神殿をはじめとする、「アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア人の建造物」の他、エジプトには７つの世界遺産が(自然遺産1件、文化遺産6件)が登録されています。

自然遺産
●ワディ・アル＝ヒタン(鯨の谷)
ガバル・ゴハンアムの麓に広がる谷。ガバル・ゴハンナムとはアラビア語で「地獄の山」を意味します。

文化遺産
●「アブ・シンベルからフェラエまでのヌビア遺跡群」
アスワン・ハイダムの建設によって水没の危機にさらされた、アブ・シンベル大神殿・小神殿、フィラエ神殿、カラブシャ神殿などのヌビア地方の遺跡群を指します。ユネスコの世界遺産登録の先駆けとなった、救済キャンペーンによって、神殿14、聖堂３、墳墓１水没を免れ、現在に至っています。

●「メンフィスとその墓石遺跡＝ギザからダハシュールまでのピラミッド群」
エジプトといえば、真っ先に思い浮かべるのがピラミッド。世界遺産では、ギザのピラミッド、サッカラの階段ピラミッド、ダハシュールの屈折ピラミッド、メンフィスの遺跡などの建造物が文化遺産に登録されています。

●「イスラム都市カイロ」
エジプトの首都、カイロのイスラム地区やオールドカイロにある7世紀から20世紀に建てられた建造物を指します。喧騒に溢れるなか、街にはイスラムの礼拝、アザーンが1日5回流れます。

●「アブ・ミナ」
2001年に危機遺産リストに登録されました。エジプト独自のキリスト教の一派、コプト教の遺跡群。「コプト」とは、ギリシア人が古代エジプト語でエジプトを表す言葉を訛ってつけた「アイギュプトス」から来る。彼らは、我こそ古代エジプト人の子孫である、という誇りをもっています。

●「古代都市テーベとその墓石遺跡」
カイロからナイル川にそってアスワンへ向かう途中にあるのが、ルクソール。3500年前、ルクソールはテーベと呼ばれ、古代エジプトの都でした。ルクソールの東岸には神殿が、西岸には王家の墓などの遺跡群が広がります。

●シナイ山の聖カトリーヌ修道院
モーゼが十戒を授かったといわれるのが、シナイ山。シナイ半島南部にある世界最古の修道院のひとつですね。神秘的なご来光を臨もうと夜明け前から登山する人も多いですね。聖カトリーヌ修道はシナイ山の麓にあります。
      
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   <title>アボリジニの聖地　ウルル</title>
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   <published>2007-11-16T06:45:17Z</published>
   <updated>2007-12-12T11:25:36Z</updated>
   
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      世界で6番目に大きな面積をもつ国、オーストラリアのほぼ中央にあり、一般に「エアーズロック」と呼ばれている、ウルル。ノーザンテリトリー、ウルル＝カタ・ジュタ国立公園(87、94拡大　ユネスコ　複合遺産)の園内に存在します。「大地のヘソ」「地球のヘソ」と呼ばれることもあります。

ウルルというのは、オーストラリアの原住民「アボリジニ」による呼称ですね。アボリジニはウルルの周辺に今から1万年以上前から住んでいるのですね。ウルルはアボリジニの聖地なのですね。

私たち日本人の感覚からすると、どう見ても？　山のように見える、オーストラリアのエアーズロック。実は、ウルルは隆起した山ではありません。侵食によって形成された一枚岩なのですね。比高335m(標高868m)、周囲は9,4kmに及びます。世界で2番目に大きな岩石ですね。

現在ウルルには、杭が打たれ鎖が張られて登山路が設置されています。そのため頂上まで上ることは可能ですが、先ほども申し上げたように、ここはアボリジニの方々にとって「聖地」なのですね。ウルルには、彼らの遺した壁画があります。1千年ほど前のものと思われるそれらの壁画には、精霊などが描かれています。彼らは、観光客が彼らの聖地であるウルルに上ることを決して好ましく思っていません。そのため、アボリジニの儀式が行われるときにはウルルへの登頂は遠慮しなければなりません。

陽の移り変わりでさまざまな色に変化するウルル。朝陽と夕陽に真っ赤に染まったウルル、それは見事な美しさですね。

世界遺産に登録されたことでいっそう脚光を浴びることとなったウルル。しかし、私たちが山登りをする感覚でこの大きな聖地に足を踏み入れることは、決して許されることではないのですね。
      
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