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ベトナムの知識館について

ベトナムは、北は中国に接し、南は赤道近くにまで達する、S字状の細長い国ですね。 面積は日本の9割ほどですが、南北では気候が異なり、また国の東側は海に接しているのに対し、西側には山脈がそびえ、人びとの暮らし、特に食生活には大きな相違が見られます



ベトナムの知識館最新記事

ベトナムの世界遺産

ベトナムには2006年において、ユネスコの世界遺産に登録されているものが文化遺産で3件、自然遺産で2件、複合遺産は0件で合計5件、および無形遺産が2件あります。 文化遺産 ●フエの建造物群(1993年) ・・・フエはベトナム中部の都市。市内は香江をはさんで旧市街と新市街にわかれ、中心は新市街にあります。世界遺産の王宮南門、宮殿、帝廟などがあります。 ●ホイアンの古い町並み(1999年)  *このユネスコの世界遺産の英語名では「Hoi An Ancient Town」(古都ホイアン)とあるが、ホイ

アオザイ

ベトナムの民族衣装アオザイは、18世紀に清朝からもたらされた宮廷服、チャイナドレスをモデルに作られました。アオザイとは、「長い着物」を意味するベトナム語ですね。現在でも正装として着用されています。現在のような女性用のアオザイは、フランス領時代にデザインされました。 立ち襟で丈の長い衣装に身を包んだ女性の美しさは格別ですね。背筋をシャンと伸ばして街を颯爽と歩くその姿はベトナムの女性美を象徴しています。 とはいえ、アオザイは何も女性だけの民族衣装ではありません。男性用アオザイもあるのですね。しかし現

ベトナムの民族と宗教

ベトナムは、国民の85パーセントから90パーセントを占めるベト人のほかにホア人(華人)が3パーセント、さらにタイ人、クメール人、ムオン族、メア族、モン(ミャオ族)、ザオ族、チャム族など、53の少数民族が暮らしています。 そのため、公用語はベトナム語ですが、そのほか、華語やクメール語もつかわれています。宗教も多岐にわたり、大半は仏教(大乗仏教が主)に対し、道教、ローマ・カトリックなどがあります。またホアハオ経やカオダイ経が南部では優勢になりつつあります。 カオダイ経は、ベトナムの新興宗教ですね。5

ベトナム戦争と文学作品

ベトナム戦争は、その世界的影響を強く反映し、開戦当時から戦争を扱った映画が多数製作されました。主にアメリカを中心としています。ドキュメンタリーの他、アメリカによる国威発揚のためのプロバガンダ映画も製作されました。しかし戦争終結後は、アメリカ軍のベトナム帰還兵の苦悩や、アメリカの独善的な残虐行為を描いたものの製作されています。また、映画の他にもテレビや漫画などにも多数素材を提供しています。 ●映画 『フルメタル・ジャケット』(映画) 『プラトーン』(映画) 『地獄の黙示録』(映画) 『グッド

ベトナムの気候

ベトナムは、南北に細長い国土を持ちます。南北1,650km、東西600kmという細長い国土を、ベトナムでは米かごをつるす天秤棒に例えます。ベトナムの国土の大半が、インドシナ半島に平行して南北に走るチュオンソン山脈の東側に属します。そのためこのチュオンソン山脈の影響で、山岳地帯では、降水量が4,000mmを超える場所もあります。 ベトナムは、北部は温帯性の気候、南部は、熱帯性気候下にあります。ケッペンによる気候区分では、北部は温帯夏雨気候、南部はサバナ気候に属します。平均気温は、南部では冬1月16

八月革命から国際進出へ

ベトナム八月革命は、1945年8月にベトミンが行った権力奪取ですね。ベトミンとは、フランス植民地からの独立を求めるために1941年に結成されたベトナム独立運動組織ですね。ベトナム八月革命の結果、ベトナム民主共和国が成立しました。しかしフランス植民地主義のインドシナ復帰から、第一次インドシナ戦争へもつれ込むなど、血みどろの抗争となりました。 第一次インドシナ戦争が開始され、1954年のジュネーヴ協定によってベトナムの南北分断は固定され、フランスはインドシナから撤退したものの、冷戦は続き、米国が介入

ベトナムのフォー

ベトナムの朝は、屋台でフォーを食べて元気一杯に学校へ、仕事へ向かう人びとの姿で始まります。エネルギッシュなベトナムの一日を支えるエネルギー源が、「フォー」、米粉の平たい麺ですね。 ベトナムは、米食文化で、基本的には「白いご飯」とおかず、汁物といった献立ですね。とはいえ、忙しい朝は、フォーが彼らの朝食の定番となります。しかもたいていは、町の屋台や食堂でいただきます。 この「フォー」は、ベトナムを代表する米粉の麺ですね。平打ちの、きしめんに似た、少しやわらかめの麺と考えていただけるとイメージがわくで

モン族

ベトナムの北部、中国との国境に近いバック・ハーには、少数民族のモン族が暮らしています。ミャオ族とも呼ばれますが、ミャオというのは、中国の漢民族がつけた名称であり、ミャオ族の方たちのなかには「ミャオ」という呼称を嫌う方もいます。中国をはじめとして、タイ、ミャンマー、ラオス、そしてベトナムと、歴史上移住を繰り返してきた 流浪の民ですね。 ミャオ語を話し、その独特の華やかな衣装は日本でも人気ですね。ベトナムに住むモン族は、中国における同化政策に抵抗し、19世紀に東南アジアのタイ、ビルマ、ラオス、ベトナ

ヌックマム

ベトナム料理に欠かせない調味料が「ヌックマム」。いわゆる魚醤ですが、これには世界各国でその国、地方ならではの味があります。 基本的には、魚を塩に漬け込み、発酵させた調味料ですね。熟成したそれは、特有の香り・・・臭気を放ち、それゆえ好みもあるでしょうが、病み付きになってしまうという人も多いでしょう。濃厚なうまみを持ち、料理に塩味とうまみを加えます。魚のアミノ酸やビタミンやミネラルも豊富な健康食ですね。 アジアではベトナムのほかに、特にタイや中国、そして日本でも独自の魚醤が作られています。日本では、

プラトーン

ベトナム戦争を舞台にしたアメリカ映画といえば、「プラトーン」を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか? 1986年公開のアメリカ映画ですね。オリヴァー・ストーン監督・脚本。出演はチャーリー・シーン、トム・ベンジャー、ウィレム・デフォーですね。第59回アカデミー賞 作品賞、第44回ゴールデングローブ賞ドラマ部門作品賞を受賞しました。 ベトナム帰還兵のオリヴァー・ストーンが自らの実体験に基づき、戦争の狂気を描いた作品ですね。非人道的な行為を赤裸々に描いています。ベトナム戦争を批判的に描いていること

ベトナム南部と北部の食生活

南北に細長いベトナムでは、中国に接する北部と、赤道に近い南部では食文化も異なります。 北部料理は、塩辛さが特徴ですね。塩やしょうゆの味ですね。お米の味が良いことから米文化が発達し、米粉の麺、フォーは、ハノイが本場ですね。またハノイでは、犬の肉なども食べられますが、さほど頻繁ではありません。 北部料理で代表的な料理は、「ブン・チャ―」。焼肉と肉団子を入れたつけ麺ですね。炭火の焼肉、肉団子、青いパパイヤが入ったヌクマムのタレに香草類をいれ、ブンをつけていただきます。 魚やエビを使った料理もあります。

ベトナム美術館

ベトナムで是非、訪れたい美術館は、ベトナム歴史博物館とベトナム美術館ですね。 フランス植民地時代のファミーユ・ド・ジャンヌ・ダールという教会の寄宿舎を前身とし、1971年に美術館として開館されました。バルコニーのついた3階建てのフランス建築ですね。 ベトナム美術館は、チャンティン通りを西に向かい、グエンホック通りにあります。ここは古来からの文化の中心地で、李朝時代の文廟が今もその姿を残しており、ベトナム歴史博物館は、この文廟の正面にあります。 見学は、3階からスタートします。ベトナムの諸民族の美

メコン・デルタ

メコン・デルタは、ベトナムの南部に位置し、ベトナムを構成する地方の「ひとつですね。メコン川下流の三角州を指します。 三角州というのは、河口付近に見られる地形で、枝分かれした2本(およびそれ以上)の河川と海に囲まれた三角形に似た形をしています。世界の有名な三隠すは、ナイルデルタ、アマゾンデルタ、ドナウデルタ、黄河デルタなど、ですね。日本では、太田川とその支流からなる三角州が発達しています。現在の広島市は、その中心に発達した都市ですね。また、萩市も同様で、阿武川とその支流からなる三角州を中心に発達し

ベトナム風サンドイッチ「バインミー」

かつてフランスの植民地統治下にあったベトナムには、今も、さまざまなフランス文化が息づいています。食生活もその例外ではありません。たとえば、ベトナムの朝の光景を覗いてまてください。都会はもちろん、片田舎でも、朝は、バインミーといって、フランスパンのサンドイッチと、ベトナムコーヒーが定番ですね。 バインミーというのは、ベトナム語でパン全般を指します。といってもフランス風のパンを意味することが多いですね。しかしベトナムはあくまで米文化の国ですね。主食はやっぱり「白いご飯」! 日本と同じですね。その影響

ベトナムのおやつ

ベトナムのおやつで、日本でも気軽に挑戦できる、体に優しいおやつは、タロイモのチューですね。伝統的なベトナムのおやつですね。「チューChe」というのは、豆、芋、穀類、果物などの素材を、砂糖や他の材料といっしょに加工した液状の甘異物の総称。自然で、身体に良い素材を使用していることが特徴ですね。 チューは、タロイモにもち米、砂糖、塩、それにココナッツミルクを主な材料として作られます。 ベトナムは、日本と同様、米食文化の国ですね。ベトナムのもち米は日本のものよりも粘り気が少ないことから、チューを日本で作

ミス・サイゴン

ミス・サイゴンは、ベトナム戦争末期のサイゴンの青春バーで働くベトナム人少女キムとアメリカ大使館の軍属運転手クリスの悲恋を描いたミュージカルですね。1991年に初演されたウエストエンドミュージカルですね。日本やアメリカなど多くの国々で上演され、ブロードウエーではロングラン公演歴代9位を誇ります。 1975年、ベトナム戦争の終焉時期が舞台ですね。ベトナムの田舎娘、キムは首都サイゴンまで逃げてきました。当時17歳、家を焼かれ、家族を失ってのことですね。そして売春宿で働くことになり、そこで最初だったのが

生春巻きと揚げ春巻き

ベトナムの粉文化、特に米粉文化を代表する料理のひとつが、生春巻き(ゴイクオン)ですね。エビやレタス、そのほかビーフンをライスペーパーで包んだものですね。日本でベトナム料理店に行くと、よくこれに魚醤(ヌックマム)が添えられることが多いようですが、現地の人気は味噌タレですね。ピーナッツの味噌タレが一般的ですね。 というのも、生春巻きは、次にご紹介する揚げ春巻きと比べ、かなりさっぱりしています。そのため、今ひとつ、コクが足りないという印象を否定できません。それを補うため、ピーナッツ味噌タレがぴったり、

ベトナム歴史博物館

ベトナムを訪れたら、是非、覗いてみて欲しい美術館、博物館が幾つかあります。そのひとつが、ベトナム歴史博物館ですね。八月革命後、1958年に元あった博物館を再開する形で開かれました。 ハノイの中心に位置するホアンキエム湖からチャンティエン通りを東へ進み、紅河の土手の近くまで行くと、右手に見える。独特の西洋建築ですね。フランス植民地時代に作られたルイ・フィーノ博物館がその全身となっています。  この歴史博物館は、年代順に石器時代から1945年八月革命までの各時代の歴史遺物を陳列しています。 この博物

ベトナムコーヒー

ベトナムにおけるフランス統治時代の名残ではあるものの、現在ではベトナムの食生活にすっかり定着したのが、ベトナムコーヒー。 アルミニウムあるいはステンレスの穴あきの容器を使っていれます。日本でお馴染みの紙フィルターと異なり、お湯がなかなかフィルターを通過しません。そのため、抽出に時間がかかります。また加えるお湯の量も少なめですね。そのため、出来上がりはなかなか濃厚ですね。そのためもあるのでしょう、ミルクコーヒーにして飲む人もよくみられます。 ただし、このミルクコーヒーですが、牛乳ではなくコンデンス

ベトナムの食文化

ベトナムの食文化には、この国の歴史的背景が大きく影響しています。 たとえば、ベトナムでは食事に箸やお茶碗を用います。お茶を飲みますし、白いご飯を主食とします。また、米粉や小麦粉で麺やお餅も作ります。これらは、100年にわたりベトナムを支配してきた中国の影響ですね。ただ、ベトナムでは基本的に米食文化であることから、麺類や春巻きも米粉を用いることが多く、そのため麺類は多少、柔らかめ・・・コシがないのが特徴といえます。 また、中国の影響はその調味料にも見られます。たとえば、魚醤(ヌックマム)ですね。こ

ベトちゃんとドクちゃん

ベトナムで、下半身がつながった結合双生児として産まれた双子の兄弟、ベトちゃんとドクちゃんは、ベトナム戦争時にアメリカ軍が大量に散布した枯葉剤の被害者として知られています。兄はグエン・ベト君、弟はグエン・ドク君ですね。1981年2月25日に産まれました。 その姿は特に日本では、ベトナム戦争の被害のシンボル的存在となり、支援の声が高まりました。兄のベト君が急性脳症となったことから、ふたりは分離手術を受けることになりました。1986年のことですね。治療のために日本に緊急輸送され、東京の病院で手術が行わ

ホイアンの夜祭り

ホイアンは、ベトナムの中部クアンアム省ダナン南方30kmにある古い港町ですね。中国人街を中心に古い建築物が残り、1999年、「ホイアンの古い町並み」として、ユネスコの世界文化遺産に登録されました。 ★登録基準2、5 基準2:ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。 基準5:特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落または土地利用の際立った例。 ★

ベトナムの屋台の味

ベトナムでは、特に都会の主婦は仕事を持っている方々が多いことから、朝食や昼食は外食で済ますという場合が多いようですね。そのほとんどが「屋台」・・・通勤の途中でさっと済まし、仕事に向かうという感じですね。そのため、主なメニューは時間短縮に好都合なもの・・・フォー(麺)やフランスパンのサンドイッチですね。 外国の人たちに最もよく知られている麺は「バインフォー・フォー」というお米を原料にした平らな麺ですね。水に浸し、粉砕した米の生地を専用の蒸し器で蒸します。これを平たくカットした平麺ですね。さっぱり味

ピースボート

1993年より、ベトナムのフエ市では、ストリートチルドレンの保育・教育施設である「ベトナムの子どもの家」が小山道夫氏の主宰によって運営されています。小山氏を支援する「ベトナムの子どもの家を支える会」の活動も盛んですね。そのひとつが、ピースボートとの交流ですね。 ピースボート(peace boat)は、民間レベルでの国際交流をめざす日本のNGOですね。この団体が行う船舶旅行をさしてそう呼ぶ場合もあります。ピースボートは、ベトナムも含め、アジア各国の人びとと現地で直接交流することで国際理解を図るとい

ベトナム家庭料理

ベトナム料理、と聞いて、皆さんはどのようなものを思い浮かべるでしょうか? フォー(麺)や生春巻きが有名ですよね。それを聞くと、ベトナムは麺類など、粉食文化の国のように感じられます。しかしベトナムの主食は私たち日本人と同じ「白いご飯」ですね。そのため、ベトナムの家庭料理というのは、この白いご飯によく合う、「おかず」を意味するのですね。そのため、日本人の口に合う、なつかしい味がするものがたくさんあります。 ベトナムの町にはたくさんの屋台や食堂があります。これは台湾などでも同様で、一般にこれらの外食を

ベトナムを通るメコン川

チベット高原に源流を発し、中国雲南省、ミャンマー、ラオス、タイ、そしてカンボジアを通じてベトナムに抜ける大河が、メコン河ですね。 このようにある河川が複数の国家の領土にわたって流れるとき、それを国際河川といいます。メコン河のほか、ヨーロッパ中部から黒海にかけてドイツ、オーストリア、スロバキア、ハンガリー、クロアチア、セルビア・モンテネグロ、ルーマニア、ブルガリア、モルドバ、ウクライナ と、合計10カ国にまたがるドナウ川もその典型的な例ですね。 他には、ナイル川、ライン川などがあります。 メコン

ベトナム「子どもの家」

ベトナムの「子どもの家」を支える会、は、ベトナム中部の古都、フエ市においてストリートチルドレンの自立支援活動にあっているボランティア団体ですね。当会は、元東京国立小学校教諭でいらした小山道夫氏の訴えに応えて1994年に発足し、活動を進めてきました。小山氏は、1993年9月から1995年7月までフエ大学日本語講師を勤め、現在はベトナム「子どもの家」を支える会の代表として現地ベトナム・フエで活動を行っていらっしゃいます。 ベトナム・フエ「子どもの家」は、フエ市の中心の「王宮」の一角にあります。ここの

ハロン湾

ハノイの東、約150キロメートルに位置するハロン湾はベトナムできっての景勝地ですね。1994年にユネスコの世界自然遺産に登録されました。静かな海面に突き出した奇岩がその姿を落とします。エメラルドグリーンの神秘的な海とその岩岩を見ていると、まるで絵画の世界に吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えます。 ハロンとは、「龍が舞い降りる」という意味ですね。その昔、中国からの侵略に苦しめられていたこの地に、龍の親子が舞い降り、口から噴出した宝玉が湾内の島々になり、村人たちを外的から守ってきたという伝説がありま

ホーチミン(旧サイゴン)の魅力

ベトナム最大の商業都市、ホーチミン(旧サイゴン)は、ベトナムで今、最もエネルギーに溢れた街ですね。ホーチミンのタンソンニャット国際空港に降り立つと、行きかう人びと、バイク、むっとするような南国の風に圧倒されそうな気持ちになります。この町には、燦燦と照りつける太陽と人びとの溢れるエネルギーが充満すると共に、その歴史と伝統に培われた落ち着いた情緒も流れます。どこか懐かしい郷愁が漂う、古くて新しい町、それがホーチミンなのかもしれません。 ドンコイ通り周辺は、有名なホテルや、バラエティ豊富でヘルシーな食

地方色豊かなベトナム料理

ベトナムは、北は中国に接し、南は赤道近くにまで達する、S字状の細長い国ですね。 面積は日本の9割ほどですが、南北では気候が異なり、また国の東側は海に接しているのに対し、西側には山脈がそびえ、人びとの暮らし、特に食生活には大きな相違が見られます。 首都ハノイのある北部ベトナムは、夏は高温で湿度が高く、雨も多く降ります。 日本と同様に四季があり、冬は10度前後まで下がることからとても南国のイメージでくくることはできません。 北部は特にデルタ地域で稲作が盛んですね。料理は、甘みを抑え、全体的に薄味の気


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